第1話 口下手の正体
第1話 口下手の正体
「お~い、おい起きろ」
外には桜が散っていた
先生の声だ、昨日の疲れが出ていたのかすっかり寝ていた。昨日はツリキャスの好きな配信者の放送を夜遅くまで聞いていた
気づけば英語の時間はもう残り10分
前の席の子と隣の席の子が笑っていたのでどうにか察しがついた
多分僕は寝言言ってたか、いびきをかいていたか
僕の名前は 大原 正樹 (おおはら まさき)高校3年生、身長は普通、痩せ型、部活は入っていないが生徒会の幽霊役員をやっている、友達もあんまりいるわけでもなくて、勉強はそこそこできる方
まあ、クラスのカーストの中では底辺まではいかないものの、これと言って特技もなく休み時間は机に伏せて寝ながら音楽を聴くのが趣味だ
そんなこんなで気づけば学校が終わっていた。誰からも話しかけられることなく、話しかけられたとすれば英語の先生にこっぴどく怒られたくらいかな
まぁ俺はこれでいい、何か1つのものに長けた主人公気取りの目立つキャラになりたいわけでもなかった
学校の最寄り駅から家の最寄駅までは25分、急行と各停を乗り継いで 代々木上原で乗り換えする。
途中下北沢駅のドアが開いて3人の女の子が乗ってきた
バンドマンだ、1人はギター、1人はベース、もう1人は何も楽器を抱えてない。ファンの子かスタッフの子かな
「今日リハでやったあの曲、ハイトーン過ぎて歌えないわ」
「あの曲は原曲がもともと高いからみんな無理だよ」
女の子達が楽しく談笑している
また始まった僕の嫌いな会話。
「これだから…」
僕は小さく呟いた
高校一年生の時僕をいじめていたのも、クラスの人気のバンドマン、中学の頃僕のことを村八分にしたのも
多分僕は捻くれいる、みんながみんなそんなはずはない。「人生の負け犬の遠吠え」だってわかっているけどやっぱり僕はあの女の子達がどんな音楽をやってるかは知らないけど、僕はああいう奴らを卑下してしまう。
お母さんからラインが来た。
"今日は遅くなります、適当に冷蔵庫のもの食べておいてください"
今日は寄り道して帰ろ
そんなこんなで渋谷に降り立った
たまたま通りかかった道に楽器店があった、ギターは音楽の時間とかでもともと弾いていたし
ギターなんて買うお金もないし、店員さんが次に回って来たら帰ろうかな
そう思ってたその時後ろから声がした
「ねぇねぇ、君バンドって興味ある?」
「ねぇねぇ、君バンドって興味ある?」
あるわけねぇだろ、まぁ楽器屋で試奏してれば誤解されるのは当たり前か
僕は焦って「え、えとおたくはどちらで?」
やべぇやらかした、ここで答えるべきなのはYES か NO か何でこんなこと答えちまったんだよ
「あ、自己紹介が遅れてごめんね。都内の大学に通ってる 相川結 (あいかわゆい)19歳、ベースやってるんだ、君は?」
ゆい?女の子っぽい名前だか間違えなく男だ、こりゃ失礼。少し緊張がほぐれたみたいでぼそっと無愛想に答えた
「大原 正樹、17歳、えっと高校3年生」
「そっかぁ若いんだね、今弾いてるそのギターでなんか弾いてみてよ」
「えー。ちょっと、それは、だって音楽の授業で少し弾いてただけですし…」
「いいからいいから!」
僕は手に持ってたギターで軽く最近CMタイアップで話題のあの曲を弾いて歌ってみた。人前で歌うのは初めてだし、そもそもギターを弾きながら歌ったのも初めて
きっとこういう押し付けがましいこの態度だからこの人もバンドマンだ、きっとそうだ
なんか嫌気がさして、もう帰りますって言おうとした時
「よかったらうちのバンドのスタジオ練習みていく?この近くのスタジオだから」
「え、なにをいってるんですか?」
思わず口が開いてしまった、この口が開くと怒られたり何か反論されたり、下手なこと言ったりだから僕は自分のこの口が嫌いだ
とりあえず謝らないと
「まあ、急に誘われても困るよね、邪魔して悪かったね、じゃあまた」
結さんは立ち去った、僕は店員さんに声をかけて試奏していたギターを預けた。
楽器屋なんて滅多に来るわけもないし、また会えるわけもないやん、やっぱバンドマンは
帰り道は電車に乗らず歩いて帰った。
僕はほんとはバンドマンになれない自分が悔しくて仕方がないのかもしれない、ギターを弾いているだけなら弾き語りでもいいはずだ、もちろんそんなのには興味ないんだけど
気づいたら夕焼けは沈んでた、今日はやけに疲れた、やっぱり僕にはあんな派手な輩とは釣り合わない、もう勘弁だ、こんな性格の僕が人と関わるとろくなことがない、もう楽器屋には行きたくないな
「はぁ、やっぱり僕には無理だ」
ため息を吐き出して、今日は何にも食べずに布団に入った
昨夜もツリキャスの配信を聴いてた、高校3年生で趣味のない僕でも放送のある日は毎晩聴いている。
今朝も寝坊だ。朝食を食べる時間もなかったので急いで駅へ向かった。
情けない、情けない、こんなんじゃダメだ
学校に行けば今頃朝のホームルーム前に同じクラスの子は今頃進路指導室で進学や就職の準備をしている。
そんなこと考えながら
「とりあえず都内で進学できたらいいかなぁ」
意欲がないというわけではないが、僕には夢がない
昔続けていた陸上もうまくいかなかったし、もともと人付き合いが上手いわけでもないから新しく何かを始める気にもなれない、勿論ギターもそんなに上手いわけではないし歌も上手いわけではない
とりあえず人並みに勉強して、いい大学に進学して、人並みに就職してそういうのがいいのかなとたまに考える
朝のホームルームにはギリギリ間に合った、自分の机の近くにはいつもクラスの人気の連中が集まって談笑していた、そして僕が来たのを悟ったのか元いた席に戻っていった
何か起きるように期待して、なにも起きない日常を悔しがった
今日も授業のほとんどを寝て過ごした、ノートを取るためだけに顔を上げて、あとはそんな現実から顔を伏せるためだけに顔を伏せて眠った
こんな夢のない僕をみて父親は「もうすぐ成人なんだから遊んでばかりいないでしっかりしろ」と言う、先生は「何か1つやりたいことを見つけて好きなことをやれ」という、数少ない友達は「お前はまだ進学先とか決めてないの?やばいよ?もう半年しかないんだよ?」
わかってるよ、けど僕はこのままでいいや
今日はゲーセンに行くために帰りは途中の駅で降りた。携帯ゲームとか家庭用ゲーム機は高いからっていうのもあってゲームセンターをよく利用している
パチンコ中毒になった人の如く、僕は店に唯一2台あるリズムゲームにのめり込んだ。
なんどもなんども流れてくるマークをリズムよくタップして日々のどうしようもない感情のはけ口にした
気づいたらスマホの時計は23時を過ぎていた
帰りの電車で揺られて自分の家の
最寄駅についた
電車のドアを抜けて改札に向けて歩いているとホームの北側の端に1人の男性が電車がもう過ぎた空っぽのホームを前に立ち尽くしてるではないか
嫌な予感がする
♪ 「間も無く急行電車が参ります~危ないですから黄色い…」
男性はホームに飛び込んだ
♪「間も無く急行電車が参ります~危ないですから黄色い線の内側でお待ちください」
静かなホームにアナウンスが流れた
僕は疲れた足で駆け寄ったが電車のスピードまでは追いつけなかった。
電車は鈍い音をして止まった
20分もしたら電車の周りに駅員さんや近くの警察も集まって来た。僕は第1発見者として警察の方の事情聴取に淡々と答えていった
「なんで簡単に死んじまうんだよ」
誰もいない夜に呟いた
夜も遅いので警察の人が送ってくれるそうだ
それまで駅の改札の中でしばらく待っていた。
「あ、あの時のギターの子?」
聞き覚えのある声がした?
結さんだ
「どうしてここにいるんですか?」
「実はこの辺住んでてね、電車降りたあと急にホームの端に走っていく人の姿をみて、楽器屋でギター弾いてた子だなって思って声かけたんだよ」
しばらく沈黙が流れる
「なんで飛び降りたんですかね?話聞いてたら20代前半で、大手上場企業に就職して、若いのに奥さんもいたんですよ、人生の成功者じゃないですか?」
結さんは少し笑って言った
「糸が切れちゃったんじゃない?やっとのやっとで繋いできた生活とか仕事、愛情の糸」
僕は芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出した
地獄に落ちたカンダタが生前に一度蜘蛛を助けたという善行を思い出した釈迦がカンダタに天から糸を垂らした。
しかしカンダタが「この糸は自分のものだ」
そう呟いたら真上で糸が切れてしまった
僕はカンダタだ。たった一回のチャンスを自分のわがままとか性格、意欲がないせいで全部ダメにしてしまう
僕のこみ上げていた感情が溢れてきた
僕の悪い口から
「飛び降りたいのはこっちの方だよ!何が糸が切れただよ、高3の俺にはわかんねえよ。親も先生も友達もわけわかんないことばっか抜かしやがって、暴力を振るってるのに笑って過ごしてるやつはいるし、先生に媚を売ってうまくやってる奴もいるし、みんなほんとにやりたいことをやってるのかわかんねえよ、これ以上僕が頑張ったって傷つくだけなんだ。もう生きてくのはこりごりだよ」
無自覚にも涙が溢れてきた
警察の人が呼びに来た、時間だ
もう結さんには2度もこんなこと言っちゃったし嫌われたな、バカだよ俺
「そんな強い気持ちがあるんならバンドやろうよ、パンクロック、正樹くんには合うと思うよ」
風がびゅうって吹いた
「え、僕なんかとですか?」
「そう、初めてギターを弾いてるのを楽器屋で見た時、なんかすごい楽しそうに弾いてたからそれもあるし」
僕は頭を掻きながら言った
「全然曲とか作っとかないし、そもそも人前苦手な僕がギター弾きながら歌えると思いますか? カラオケとかも一度も行った時ないんですよ」
「これからやればいいよ、作詞作曲もギターもカラオケも」
否定する言葉が見当たらない、僕は頭の中で必死に言葉を探した
「だって僕にはやりたいことがないんですよ、そもそも目標見つけても達成できるかわかんないし」
結さんがすこし険しい顔をした
バックの中から紙を取り出した
それを結さんは僕に渡した
「ふじさんろっくふぇすてぃばる?」
結さんの顔が少しにこやかになった
「そうそう、ロックバンドの中でも結構大きなイベントで、君の好きな〇〇ってバンドも出るんだって、目指してみない?」
少しふてくされて僕が言った
「結さんらやってるバンドはどうするんですか?メンバーもそもそも集まってないのにどうするんですか?」
結さんがいつも以上に笑った顔で言った
「これからゆっくり集めていけばいいよ、焦る必要なんてないし、完成形。完成形を大事にしよう」
いつもはどうしようもなく嫌いになってたバンドマンが少しだけ信じられるようになってた
警察の人が痺れを切らして声をかけて来た
「ちょっと君たち、早く帰らないとだからそろそろ終わりにしてね。大原くんだっけ?送っていくから駅の東口の駐車場にいってるから声かけてね」
結さん「怒られちゃったね、じゃあ電話かメール交換しようか?連絡先交換できる?」
この日、親と先生と中学の数少ない友達の他に久々に電話帳の連絡先の文字が増えた。パトカーの中で携帯の連絡先の画面の何回も開いたら閉じたりしていた。
やっとだ、やっと始まるんだ。今本当にやりたいことかどうかはわからないんだけどちょっとでもやりたいことが見つかって、自分の本当の気持ちを受け止めてくれる人が増えた
とりあえず今やることはバイトすること、コンビニでも飲食でもいい、バイトしてギター買うんだ。高いのは無理だけどなるべく迷惑かけないように少し高いギター買うんだ
バイト応募サイトを何件も開いてバイトを何件も申し込んだ
気づいたら朝になってた
今日は早めに電車に乗ろう
いってきます